【アブスコパル効果】がんの放射線治療における新しい可能性

本ページは、一般的な内容を基に作成していますが、個々の症状や治療法には違いがありますので、具体的な治療については必ず専門の医師やクリニックにご相談ください。

がんの治療における「アブスコパル効果」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

アブスコパル効果とは、放射線治療の際に、放射線を照射したがんだけでなく、放射線が直接当たっていないがん(他の場所に転移しているがんなど)にも同様の効果が得られるというものです。

日本人の死因の第一位であり、従来は「不治の病」と認識されていたがん。しかし、近年では医療技術の進歩により生存率は年々上昇しており、早期発見・早期治療を行えば9割近くのがんは治るとも言われています。さらに、予期せず良い結果をもたらすアブスコパル効果の報告も多く認められるようになってきました。

本記事では、アブスコパル効果のしくみとがんの治療方法の種類について解説していきます。

目次

アブスコパル効果が起きるしくみ

放射線をがんに照射すると、がんの組織の一部分が壊れて死滅します。その際、死滅した細胞の中から出てきたたんぱく質や細胞の情報を樹状細胞が察知します。

樹状細胞とは、全身に存在し、白血球の中にある司令塔の役割を持つ免疫細胞の一種です。

樹状細胞が体内で発見した異物(がんなど)の特徴を覚え、リンパ節に移動したのちにT細胞に異物の特徴を伝えます。さらに、T細胞にその異物を攻撃するよう命令します。そうすることで、T細胞はがんを攻撃できるようになり、樹状細胞から得た情報を頼りにがん細胞の退治に出かけるため、離れた場所にあるがんにも治療効果が得られるのです。

アブスコパル効果の問題点

一般的ながんの放射線治療の過程では、アブスコパル効果が見られる頻度は極めて低いとされています。

理由は、樹状細胞がT細胞に特徴を伝えても、T細胞の働きが抑えられてしまうことが多いからだそうです(免疫細胞には良い細胞まで攻撃しないように、働きを制御する機能も備わっています)。

また、放射線の照射が、がんを攻撃する細胞の働きを弱めてしまう作用があることも原因とされています。

アブスコパル効果の頻度を高める方法とは?

近年では、高い確率でアブスコパル効果を引き起こすメカニズムの研究が進み、徐々に問題点もカバーできるようになってきているようです。

免疫チェックポイント阻害薬(※1)と放射線治療を組み合わせることでアブスコパル効果が約半数の症例で認められたとの報告もあり、「免疫放射線治療」への期待が高まっています。

実際に、薬物療法と放射線治療を受けた悪性黒色腫(※3)の患者さん(転移あり)の約半数にアブスコパル効果が確認されたとの報告があります。

また、胃がんの再発事例では、放射線治療と養子免疫療法の併用により、放射線を照射していない腫瘍の消失が認められた症例もあったようです。

(※3)悪性黒色腫(メラノーマ)とは、皮膚がんの一種で、「ほくろのがん」とも呼ばれています。

(※1)T細胞ががんを攻撃する働きが抑制されてしまうのを防ぐお薬です。免疫チェックポイント阻害薬での治療の対象となるがんには、メラノーマ、非小細胞肺がん、腎細胞がん、ホジキンリンパ腫、頭頸部がん、胃がんなどがあります。

主ながんの治療方法について

がんの治療は、がんの種類や患者さんの希望によってさまざまな方法がとられます。1つの方法のみでなく、複数の治療方法を組み合わせることもあるようです。

以下では、主に現在の日本で行われているがんの治療方法4種類と、それぞれの特徴をご紹介します。

手術療法(外科療法)

がん細胞を周りの組織やリンパ節も一緒に切り取る治療方法です。

がん細胞のみを切除するのではなく、がんの転移や周囲の組織への広がりも考慮して、がんができた部位(臓器)を広めに切り取ります。

開腹手術などの手術する部位を医師が直接目で見てがんを切除する方法の他、手術部位を腹腔鏡で見ながら行う腹腔鏡手術(※2)、ロボット支援手術などの方法があります。

(※2)腹腔鏡とは、内視鏡の1つです。腹腔鏡手術は、腹部に小さな穴をあけて、手術で使用する内視鏡やはさみなどの道具を挿入する筒を入れます。

その後、炭酸ガスを使ってお腹を膨らませ、モニターに写った映像を見ながら挿入した手術道具を使用してがんを切除します。

薬物療法

がんの薬物療法には、さまざまな種類があり、それぞれ異なった方法でがんを退治するために使用されます。投与方法は内服や筋肉注射、点滴があります。

細胞障害性抗がん薬

抗がん剤治療、化学療法とも呼ばれます。主に細胞が分裂し、増殖する過程に焦点を当てた治療法で、がん細胞が増えるのを防ぐ働きがあります。

人によって症状の出方もさまざまですが、抗がん剤には吐き気や脱毛、腎臓の機能障害などの副作用があることが広く知られていますね。

一方、辛い副作用を和らげる方法として「多剤併用化学療法」という複数の抗がん剤を組み合わせる方法もあるようです。副作用の改善だけでなく、薬の効き目を高められるメリットもありますので、医師と相談しながら症状に合った適切な使用が重要になります。

内分泌療法薬(ホルモン療法薬)

体内のホルモンの分泌を抑制するお薬です。ホルモンを栄養分として増殖する乳がん、子宮体がん、前立腺がんなどの治療に用いられます。乳がん・子宮体がんには女性ホルモンを抑えるお薬、前立腺がんには男性ホルモンを抑えるお薬が使用されます。

ホルモン療法薬の使用は、がんが進行している場合や転移している場合に第一選択肢とされる方法です。

分子標的薬

がん細胞に特有のたんぱく質に作用し、がん細胞が増殖するのを防ぐお薬です。がん細胞に栄養を送る新しい血管が作られないように働きかける効果もあります。

分子標的薬を使用する前に、がんの性質に関するたんぱく質や遺伝子を調べるバイオマーカー検査を実施し、複数のお薬の中から患者さんの治療に適したものを選びます。

免疫療法

人間の免疫力を使ってがんと闘う治療方法です。

現在では、効果が証明されている免疫療法は限られており、T細胞の働きが抑制されるのを防ぐ免疫チェックポイント阻害薬というお薬を使った治療法と、その他の免疫療法があります。

国内で保険診療の対象となっているその他の免疫療法は「CAR-T細胞療法」です。

がん患者のT細胞を取り出し、がんに対抗できるように強化してから再び体内に戻す方法で、2019年に承認された最新のがん治療の方法になります。

CAR-T細胞療法は副作用が起きやすいため入院での治療が必要で、対象になるがんは一部の血液がんのみに限られているようです。

放射線療法

放射線を照射し、がん細胞を死滅させて治療する方法です。一般的には体外から放射線を照射する外部照射が行われますが、体内に放射性物質を挿入する小線源治療や、核医学治療と呼ばれる注射や飲み薬を使う放射線療法もあります。

手術と同様にがんの部分のみにアプローチする局所治療ですが、周辺の臓器を切り取らない分、手術に比べて身体への負担が少ない場合がほとんどです。放射線療法は、一か所のがんだけでなく転移しているがんの治療や症状を和らげる目的でも用いられます。

また、多くの場合通院治療が可能となっています。

【参考資料】

厚生労働省 死因簡単分類別にみた性別死亡数・死亡率(人口10万対)

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【参考論文】

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